書籍の分担執筆(論文形式のもの):1989:

地理学におけるメディア研究のために.

北村嘉行,寺阪昭信,富田和暁,編著(1989)『情報化社会の地域構造』大明堂,pp.24-33.


 この論文を収録した『情報化社会の地域構造』は,出版社・大明堂の廃業(2004)によって絶版・入手不可能となりました。大明堂の書籍の一部の版権は,原書房に引き継がれましたが,本書はその対象となりませんでした。このため本書の版権は消滅しております。
 著作権にもとづき,山田が担当した第3章(このぺージ)と第21章(別ページ)の全文を掲出します。

 ページ作成に際しては,原文の明らかな誤植を改め,必要な補足を追記しました。訂正・補足した部分は青字としました。また,表などは,html文書で表現しやすい形に改めています。

地理学におけるメディア研究のために.

1.地理学におけるメディア研究の意義
2.コミュニケーション・メディアの特質
3.地理学におけるメディア研究の課題

参考文献

第3章 地理学におけるメディア研究のために

山 田 晴 通        



1.地理学におけるメディア研究の意義

 現代社会において情報の演じる役割が急速に拡大してきたことは,多くの論者がそれぞれの立場から論じている通りである。社会の情報化が進行するのに従って,(人文)地理学においてもさまざまな形で,情報の概念を導入した研究が多く見受けられるようになってきた。近年ではわが国でも,情報概念を導入した地理学的研究が活性化し,研究例の蓄積も進みつつあり,情報概念を導入した地理学的研究をどう整理するかという議論も,竹内(1982)などによって提出されている。
 
表3-1 情報を扱う地理学の研究分野
情報を扱う地理学「情報を使った地理学」
「情報の地理学」情報流の研究
<客観>
<主体>空間的拡散研究
<回路>メディア研究
<主観>
環境認知の研究/主観の地理学
 そうした議論の中で山田(1986)は,情報そのものの空間性を論じる「情報の地理学」を,情報を使って何らかの現象の空間性を論じる「情報を使った地理学」に対置して,両者を区別した。そして,「情報の地理学」を客観的な「情報流の研究」と主観的な「環境認知の研究」に大別し,さらには「情報流の研究」を「空間的拡散研究」と「メディア研究」に分類した(表3-1)。こうした整理を通して強調されたのは,情報を伝達する物理的かつ社会的システム=コミュニケーション・メディア(情報媒体)の重要性であり,地理学における「メディア研究」の必要性であった。
 「情報の地理学」が情報そのものを研究対象とするといっても,情報それ自体は物理的実体をもたない。実際の研究対象は,情報が何らかの影響や痕跡を残す物理的存在となる。とりわけ,情報流の回路となるコミュニケーション・メディアがそれぞれにもっている空間的特性の把握は,情報の関係する地理学的研究一般の基礎として重要な意味をもってくる。
 そもそも,コミュニケーションに関する最も素朴なモデルに立ち返るならば,情報は発信者から受信者へと伝えられるものであり,その媒介をするシステム,すなわち物理的現象に依拠した技術体系と社会的組織体がメディアということになる。受信者と発信者が同一時点の同一人物であるような場合(独り言)や,異時点における同一人物の場合(公開を意図しない個人的な備忘録や日記の作成)は,それぞれコミュニケーションの一形態と認められるものの,例外的なものに過ぎない。
 通常のコミュニケーションは,発信者と受信者が異なる人物であることを前提としており,両者の間には時空間的な距離が本質的問題として存在する。もっとも,発信者と受信者が同一時点を共有し,なおかつ空間的に十分に近接している場合には,話しかけるなど直接的な働きかけをすればよいわけで,特別な技術によって支えられたメディアがなくても情報伝達は可能である。一対一の典型的な対話のような場合や,一体多の劇場型のコミュニケーションにおいては(空間そのものがメディアである,といった表現は別として),メディアは介在しないことが多いし,PAシステムや野球場の巨大スクリーンのようなメディアが存在する場合も,その役割は補助的な位置しか与えられない。
 しかし,複数の人間が同一時空間を共有することを前提とする「フェイス・トゥ・フェイス(対面)」コミュニケーションには,時間地理学のいう「結合の制約」が大きく作用する。つまり,そのとき,その場所にいなければ,コミュニケーションは成立しないのである。そこで,主に空間的な距離を克服することを目的として,さまざまなメディアが発達することになった。手紙や電話などの通信メディアは距離を克服して,対話型のコミュニケーションを成立させ,新聞やテレビなどのマス・メディアは距離を克服して,劇場型のコミュニケーションを成立させる。このようにメディアは,通常のコミュニケーションが,本質的に抱え込んでいる距離の問題を克服する手段として理解できるのである。
 また,空間的距離と並んで問題となるのは,発信者と受信者の間の時間的距離である。両者の間で時点の共有が起こるかどうかは,メディアごとに伝達技術の性質や,コミュニケーションの目的によって違ってくる。例えば,電話に代表される電気通信は(少なくとも人間の時間感覚からすれば)即時性を達成しており,発信者と受信者の時点の共有を前提としている。また,即時性の確保は,双方向コミュニケーション・メディアの成立条件でもある。
 これに対し新聞や雑誌など,速報性を志向する印刷媒体は,発信から受信までの時間最小化を目的とするものの,伝達技術の性格上,即時性を達成することは不可能である。一方,書籍や映画,ビデオ・カセットなどの媒体は,即時性ないし速報性よりも,記録性・保存性にコミュニケーションの目的が置かれており,発信者と受信者の時点の共有を前提としない。こうした保存性指向の諸媒体は「パッケージ系」などと呼ばれ,情報流通の形態にも即時的ないし速報的メディアとは異なった特徴が認められる。
 従来,文化地理学などの分野においては,コミュニケーション・メディアが時空間の距離を超えて情報を伝達することをとらえて,一般的にメディアを,文化の平準化・均質化を促して地域の個性を破壊ないし後退させるもの,あるいは,地理的条件とは無関係なもの,と理解する向きも多かった。確かに,メディアを地理学の研究対象として扱おうとすると,地域の個性に注目する伝統的な地理学の姿勢とうまくかみ合わない面も少なくない。しかし,メディアに関する人間の諸活動も,やはり地表面上で展開する人文・社会活動にほかならない以上,地理学の研究対象となるのは当然である。また,現実のメディアの実態は空間的制約や地域の個性によって大きく規定されており,「地理的条件とは無関係」ではない。
 かつて,ルネッサンス期のヨーロッパにおける活版印刷術の発明は,文書や書籍に対する考え方を根本的に変質させ,やがて聖書やパンフレットの大量印刷といった形で,宗教改革などの大きな社会的変革を推進する力となった。現代社会の情報化も,これと同じように,まず電子工学的な技術の発展を背景にしたメディアの技術革新から始まり,それが新たなコミュニケーションのあり方を生みだし,やがて社会の変質を招く,という経過を経て展開して来たし,また,今後もそのように展開していくものと考えられる。
 情報概念を導入した地理学的研究のほとんどは,具体的な研究対象や研究方法は異なっていても,情報化の結果としての社会の変動に,関心を向けているという点で共通性がある。メディアは最終的な社会の変質の基礎となるものであり,社会の変化に先駆けて急速に変化しつつある。こうしたなかで,情報概念を導入した地理学的研究の要として,「メディア研究」の意義は大きい。

2.コミュニケーション・メディアの特質

 メディア概念の厳密な定義を試みることは,ここでの関心から外れるので省くが,一般にコミュニケーション・メディアが備えている特質について基本的な点を理解しておくことは,地理学の立場からメディアを研究対象とする場合にも当然ながら重要である。ここではまず,メディアを,情報を伝達する「物理的」かつ「社会的」システム,と理解することから,メディアの特質について検討してみたい。
 「物理的」というのは,メディアが,情報といいう無形物(ソフトウェア)を,時空間的距離を超えて伝える有形物(広義のハードウェア)のシステムであることを意味している。そこでは通常,物理的現象を利用した技術体系が構築される。そうした技術体系には,情報の複製技術・伝達技術・保存技術などがさまざまな形で組み込まれており,技術の性格に注目して,整理・分類することができる。例えば,空間的な伝達技術によって整理すると,輸送系(モノを運ぶ:手紙・新聞・レコードなど),電気通信系(電話・データ通信・放送),さらに電気通信以前に盛んであった視覚系(のろし・風車通信)などに分類される。
 「社会的」というのは,メディアが社会のなかで,相当の広範囲まで広がろうと志向し,社会的組織体を作り上げていく本質を,もっていることを意味している。一対多のコミュニケーション・メディアとして,劇場の延長線上にあるマス・メディアは,当然そうした性格をもっている。また,一対一のコミュニケーションを支える通信メディアも,システムを効率的に稼動させ,維持に必要な経費の負担をより多くの顧客・利用者に分散させようとするため,本質的に普及率の向上・規模の拡大を追求する。その結果,通信メディアもマス・メディアと同じように広く社会に浸透し,コモン・キャリア(common carrier:共有された伝達手段)などとも称されることになるのである。
 しかし,社会の(したがって,エクメーネの)隅々にまでメディアが浸透していても,メディアが存在することの意味は,社会集団によって大きく異なっている。メディアを支える技術体系は,希少性などを理由に,特定の社会集団に独占されたり,その利用に高価な対価が必要であったりすることが多い。つまり,時間地理学のいう「管理(権威)の制約」が作用するのである。特に,電気通信の発展によって伝統的な「能力の制約」が後退しつつある現代では,「管理の制約」の意味はますます重要になっていくことだろう。
 さて,研究対象としてメディアを取り上げる場合には,まず,そのメディアが,多様なコミュニケーション・メディア総体のなかで,どのように位置づけられるのかを理解しなければならない。そのためには,異なった幾つかの視点から,メディアの整理・分類を試みることが有効である。上述の例でいえば,コミュニケーションの形態(一対一か一対多か,単方向か双方向か,など)や,依拠する技術の性格(輸送系か電気通信系か)などが分類の視点を提供してくれる。このほかにも,技術的基盤の発展系譜を重視する分類や,伝達される情報の形態(音声か画像か文字か,静止画か動画か,など)に注目するインターフェイス論的分類,法制度や行政のあり方に従った分類,目的と対象市場による分類,などがよく用いられる。
 そうした分類のなかで,対象とするメディアがどのような位置を占めるかを整理し,隣接する諸メディアとの比較対照を通じて,当該メディアの性格を検討していくわけである。特に,メディアの成長や衰退の過程をとらえようとする場合には,隣接する他のメディアとの競合関係,とりわけ,情報の流れが一方の利用を止めて他方に乗り換えるトレード・オフの関係に注目することが必要になる。
 また,メディアを分析の対象とする際,どのような単位で切り取るかについても,いろいろと問題が生じる余地がある。特に,コモン・キャリアとして機能する電気通信メディアのように,社会的インフラストラクチャーと化しているメディアは,そのサービスのうえに,別のメディアのシステムが構築されていることも多い。例えば,一般電話回線とモデム(ないし音響カプラー)を利用したパソコン・ネットワークは,それ自体も一つのメディアであるが,同時に電話という別のメディアに依存して,そのシステムのうえに成立するものでもある。
 また,テレビ放送のネットワークのように,広域に同じ内容を放送するために,放送局間を通信回線で結ぶ必要があるような場合には,通信回線部分だけを取り上げて,独立したメディアと考えることもできるし,ネットワーク全体を一つのメディアととらえることもできる。
 実際の分析では,独立した意志決定を行う個々の企業体,具体的には新聞社・放送事業者・出版社などを単位として,メディアを扱っていくことが多い。しかし,企業のグループ化などの企業体間の支配・従属関係や,緊密な協力関係がある場合には,一企業体レベルの検討のうえに,グループのレベルにおける検討が必要となってくる場合もある。
 例えば,上述のテレビ・ネットワークの場合ならば,企業体単位の分析とともにネットワーク単位の分析が当然必要である。また,比較的小規模の企業体多数から構成される業界においては,企業体単位の分析よりも,業界全体を単位とする分析の方が適していることも多い。企業体単位でメディアをとらえるやり方は,多くの場合に非常に有効な方法であるが,場合によっては,一つの問題に対して,弾力的に複数のメディア概念を立てる必要も生じてくるであろう。

3.地理学におけるメディア研究の課題

 地理学的関心,すなわち空間性や地域性への関心から,メディアを研究対象とする場合,大きくまとめると3種類ほどのアプローチの仕方,ないし研究課題がある。これらをかりに「分布の問題」・「組織の問題」・「地域の問題」と名づけ,まずマス・メディアを例として具体的な内容をみていくことにしたい。
 「マスコミ」ないし「マス・メディア」といった言葉は,それが「マス」を対象とするという前提のうえに立っている。「マス」は通例「大衆」と約されるが,多人数の人間集団を画一的な存在としてとらえる表現であり,実際の分析に当たっては,近似的に「国民」などの概念と実質的に合致するにしても,本来は普遍的性格の概念である。したがって「マス・メディア」の活動の及ぶ地理的空間の範囲も,本来は限定的ではない。
 しかし,例えば,わが国の事例を研究対象とする場合には,マス・メディアの活動空間を原則として国内に限定してよいだろう。もちろん例外的には,取材活動の展開や在外邦人等へのサービスなどもあるが,わが国のマス・メディアの主たる制作・製造施設や,販売市場の所在がほとんど国内に限られている以上,マス・メディアの国際的活動については,特に必要のない限り無視してもよいだろう。個々のマス・メディア企業は,国内市場という限られた枠のなかで,その一部を企業活動の対象としているとみなすわけである。
 マス・メディアと総称される諸媒体は,その活動の及ぶ地理的空間の広がりに従って習慣的に,全国メディア,広域(ブロック)メディア,県域メディア,そして,さらに下位に位置づけられる地域(ローカル)メディア,といった具合に分類される。こうした差異は需要の存在形態や分布,媒体間や企業間の競争などを反映したものと考えられる。このうち全国メディア以外については,活動範囲あるいはサービス・エリア自体の分布が,地理学的関心の対象となるが,さしあたりそのような分布が,普遍的・均一的でありえないことは自明である。
 そこで第1の課題として,空間的に限定されるメディアの活動範囲が,全体空間(この場合は国内全域)のなかでどのように分布するかを問うことを,ここでは「分布の問題」と呼ぶことにする。新聞を例にとれば,新聞配布の地域差の分析などがこれにあたる。
 活動範囲が全国に及ぶような場合でも,そのメディアにとって国内全域に等価の意義があるわけではない。また,全国的な活動を維持するためには,階層構造をもった組織的秩序が必要とされる。同様のことは,空間的広がりのレベルの違いはあれ,全国メディア以外のメディアにも当てはまる。
 第2の課題は,メディアが自らの活動範囲のなかにどのような空間組織を築いているか,組織体としての諸機能をどのような空間表現として具体化しているか,を問うことにあり,これを「組織の問題」と呼ぶことにする。新聞社の通信網(地方本社・支社・支局・通信部のネットワーク)を記事原稿の送稿〜配送・配布システムの分析などが例としてあげられよう。
 このようにマス・メディアは,「分布の問題」と「組織の問題」を抱えて空間的に存在する。言い換えれば,諸地域に展開している。したがって,国内の各地域は,全国メディア以外のメディアの有無や,全国メディアも含めた諸媒体の空間組織上の位置づけなどについて,多様な状況をみせる。具体的には,A地域にはある新聞が配付されるが,B地域では配付されない,とか,同じ新聞の配布地域であってもA地域には本社・印刷所があり,B地域にはそうした施設がない,といった差異が地域間に生じることになる。
 第3の課題は,こうしたメディアに関する地域間の差異の記述を積み重ね,そこから空間性や地域性を抽出し,さらには地域社会における差異の意義を検討することになる。これらはまとめて「地域の問題」と呼ぶことにする。
表3-2 「新聞地理学」の研究対象
活動主体活動要素地域現象関連地域


通信社取材・送信集中取材地域
印刷会社編集・印刷集積発行地
運送会社
販売店
輸送・配布分散配布地域
 資料:原田(1971)一部修正により作成
 なお,マス・メディアに関しては,原田(1971)が新聞について提示した情報の収集(取材)から,拡散(配布)に至る各段階における研究課題の整理が,新聞に限らずマス・メディア一般に妥当するものとして注目される(表3-2)。これに上述の三つの課題を重ねることで,マス・メディア研究の課題をかなり網羅的に位置づけることも可能になる。例えば,上で「組織の問題」の例としてあげた通信網と,配送・配布システムは,原田の整理では集中現象と分散現象というように対称的な位置づけがなされるわけである。
 わが国のマス・メディアは,全国紙やテレビ・ネットワークを中心とした業界秩序が,さまざまな意味で成熟しており,大規模なメディアに関する地理的変動はあまり顕在化しない傾向がある。むしろ,県域レベル以下の比較的小規模なマス・メディアの活動の方に,興味深い動きがいろいろと認められる。その反対に,メディアの国際的な展開,特に制作・製造部門の国際的展開や,特定の資本によるメディアの国際的支配・所有なども重要ではあるが,わが国の場合には言語障壁や法制度上の問題もあり,欧米,特に英語圏諸国の水準まで,国際化が展開することは当分ないだろう。しかし,日本語メディアの海外進出や,外国資本を背景としたメディアのわが国(とりわけ東京)への進出は,その萌芽がさまざまな形で認められるだけに,地理学的関心からも注目しておく必要があろう。
 上述の三つの課題の大枠は,通信メディアについても,マス・メディアの場合に準じて十分妥当する。しかし,そもそもコモン・キャリアを指向する通信メディアの場合,分布の問題は顕著な形では現れにくい面がある。このため研究の関心は「組織の問題」などに向かうか,歴史的段階においてコモン・キャリアが,サービス・エリアを拡大する過程の分析に向かうことが多い。英語圏を中心とした諸外国では,空間的拡散過程研究の対象施設として電話局などを取り上げた研究や,産業論的視点から,通信網の広がりを分析した研究などが行われている。
 さらに,わが国においては,通信メディアの多様化,通信事業体の複数化,大規模同報通信の登場など,通信メディアをめぐる環境が近年急速に変化してきている。こうした新しい状況の地理学的な把握も大きな課題ということができる。

参考文献
  1. 竹内啓一(1982):「情報の地理学のために」,地理,27-11,pp.11〜23.
  2. 原田 榮(1971):「長野県の新聞配布」,歴史地理学紀要,13,pp.205〜222.
  3. 山田晴通(1986):「地理学におけるメディア研究の現段階」,地理学評論,59,pp67〜84.


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