書評:1995:

西村いわお『南樺太−概要・地名解・史実−』.

地理学評論(日本地理学会),68(A),pp128-129.



西村いわお:南樺太−概要・地名解・史実− 高速出版(協同組合 高速印刷センター 出版部:札幌),1994年9月,新書判,594ページ,5,000円.

 本書は研究書ではないし、狭義の「研究者」の手による書物でもない。著者・西村いわお(巖)は、南樺太・恵須取町出身の「かつて樺太を故郷として住んでいた日本人の一人」であり、現在は社団法人・全国樺太連盟の北海道支部連合会事務局長を務めている。経歴から明らかなように、著者は実際に南樺太を故郷とし、戦後も樺太問題にかかわり続けてきた人物であるが、本書を通じて知り得る限り、研究者としてはアマチュアである。そのアマチュアの業績を、ここであえて取り上げるのは、本書がアマチュアの限界を露呈しつつ、アマチュアならではの役割を果たしていると考えるからである。この点は、評者にとっては重要なので、内容の紹介に先んじて少々私見を綴っておきたい。
 地理学、あるいは人文地理学の「危機」、といった意識は、かなり以前から地理学界において広く共有されている。それを打開し、新たな地平を切り開いていくことを目指す、方法論、あるいは理論を構築しようとする新しい動きも盛んである。評者も、こうしたダイナミズムを支持する者である(もちろん、個々の「前衛」の主張を無前提に肯定しているわけではない。さまざまな「前衛たち」が出現する状況を是としているのである)。
 しかし、華々しくみえるそうした議論によって、地理学を「危機」から救い出すことができるのかと問われれば、私は否定的である。画期的な理論が提起され、それをもとに新しい地理学の試みが展開されるとしても、それだけで「危機」が克服されるとは思えない。地理学の「危機」の本質は、哲学的基盤や方法論上の混迷という自体のみに求めるべきものではない。私には、むしろ、かつて地理学が地道に築き上げてきた地誌的記述の伝統が適切に継承されていないという状況に象徴される、学問としての基礎体力の衰弱こそが、より深刻な「危機」であるように思われる。わが国に関していえば、『日本地誌』(二宮書店)を越える、あるいは更新する企画が出現しないことや、地理学における地名研究の後退などが、そうした私にとっての「危機」の具体的な姿である。英語圏においても、リッピンコットの地名辞典が、ここ三十年近く改訂版が出ず、絶版状態という「危機」がある。
 大規模なアトラス、地名辞典、地誌といった、個人の営為を越えた規模の仕事が、組織的に展開され得なくなっている現状は、地理学の基礎体力の衰弱という深刻な事態を反映している。異論のある向きもあろうが、評者は、こうした地道で基礎的な仕事に対する社会的需要は、決して縮小していないと考えている。のべ49巻におよんだ『日本地名大辞典』(角川書店)や、タイムズ・コンサイス・アトラスの日本版に相当する『世界全地図/ライブ・アトラス』(講談社)の刊行、『GEO』(独)、『ナショナル・ジオグラフィック』(米)といった大衆的地理雑誌の日本版創刊を前に、地理学的業績に対する出版需要が後退しているなどとは、到底いえないだろう。もちろん、現在のアカデミックな地理学そのままのかたちでは、こうした社会的需要に応じることは難しいだろう。問題は、知識や情報を供給する、地理学界の側にある。
 本題に戻ろう。評者が本書を紹介したいと考えたのは、本書が、著者の意図とは無関係に、職業的地理学徒の盲点を突くような書物になっていると感じたからである。上述したように、地理学の基礎体力が衰えていく状況の下で、アカデミズムの内部においても常に要請が存在する地道な基礎的作業の一環でありながら、職業的地理学徒が見落としている部分、あるいは回避している部分は、少しずつ拡大を続けている。南樺太という、『日本地名大辞典』からも外れた地域を対象に、旧植民地時代の地名情報の集積と整理を試みたアマチュアの仕事である本書は、地名を中心とした地誌的記述として、また、一般に省みられることの少ない(あるいは言及を避けられる)地域に関する記述として、期せずして職業的地理学徒に対する痛烈な問題提起となっているのである。
 本書は、副題の3項目をそれぞれ表題として3つの章から構成されている。第1章「概要」は、のべ138ページあり、便覧や年鑑などの形式に準拠している。「先史、少数民族、地勢、気象、……」といった項目に続いて、行政、産業、文化関係の諸項目が続き、最後は「引揚げ、史跡、年表」で締めくくられている。第2章「地名解」は、のべ328ページと本書で最も多くのページを割いて、南樺太の地名(市町村の大字に相当するレベル)八百余りを市町村別に列挙し、語源、露領時代(1875〜1905)の名称、現在の名称および駅名、日本統治期のおもな都市からの道路距離、同じく鉄道距離および駅の開業日、当時の学校と開校日の6項目について箇条書にしたものである。第3章「史実」は、のべ101ページあり、五十音順に並べられた138の地名ごとに、各種の史料に記載されたエピソードを紹介したものである。
 冒頭で再三強調したように、本書はアマチュアの仕事である。研究に利用することを考えると、本書には、いろいろと厄介な点がある。何よりまず、本書には「主な参考文献」の提示はあるが(p.586)、個々の論述・図表・写真等について、出典・論拠はほとんど記されていない。これは、いわゆる郷土史家をはじめ、アマチュア研究者の著作によくある欠陥である。本書の論述の大半は、特定の文献からほぼ丸写ししたと考えられる部分や、多数の文献から抜き書きしてまとめた部分から成っている。仮に本書に記述された内容を、論文などに引用するとでもなれば、いちいち典拠を探して確認する必要が生じるであろう。
 このほかにも、本書には数多くの欠点がある。例えば、第1章では、「概要」として網羅的な項目が立てられているものの、項目間の精粗にはばらつきが大きい。産業ごとの記述にも項目によっては3ページ以下の簡単なものがあるのに、一方では郵便局の風景印が4ページにわたって多数採録されていたり、何ら説明のないまま鉄道の時刻表に5ページが使われていたり、学校の写真ばかりに6ページが費やされていたりと、各項目の重要性の違いが記述量には必ずしも反映されていない。さらに、第1章を中心に、多数の写真が配されているのであるが、撮影時期などのデータは皆無で、本書に転載した元となった出所もいっさい記されていない。改めていうまでもなく、こうした記載の有無は、写真史料の価値を大きく左右するものである。また、かつての露領時代、および現在における露語地名の表記が仮名だけで、露語表記が付されていない点も不便である。
 しかし、さしあたり南樺太について基本的事項を学んだり、地名を確認するために、上記の欠点をわきまえて利用できるならば、本書は非常に便利な資料であろう。南樺太については、基礎的文献として重要な全国樺太連盟『樺太沿革・行政史』(1978)が、幸い現在でも入手可能であるものの、元々類書は少ないうえに、大部分は入手困難になっている。こうした現状を考えると、上述のような限界にもかかわらず、本書は利用価値の高い便覧として評価できるのである。
 大方の地理学徒にとって、このように多くの欠陥と限界を抱えた本書を嗤うことはたやすかろう、しかし、本来ならば(つまり伝統的には)地理学が地道に取り組んだはずの仕事でありながら、放置されている対象はまだまだ無数に存在する。本書を乗り越える仕事は、伝統的な地理学にとって、それほど困難なことはなかろうが、今日、本書を乗り越えるような仕事を担おうとする地理学徒は、はたして存在するだろうか。今の地理学徒は、地道な地名研究に相当の時間と労力を割くだろうか。政治的に微妙な地域であり、フィールドワークを実施することさえ困難な南樺太や北千島をフィールドとして取り上げるだろうか。
 本書のような書物と出会い、限界を承知で利用する、といった経験を重ねるたびに、地理学という制度の遺産が先細り、蓄積の層が薄くなりつつあることを痛感させられる。


 文中にある「リッピンコットの地名辞典」とは、1845年以来の歴史のある地名辞典のことで、この原稿を執筆した当時は、1952年に米国のコロンビア大学出版局が The Columbia Lippincott Gazetteer of the World として大改訂したものの第二版(1962年)が存在していたが、既に絶版になって久しいという状況であった。
 この書評を発表した後、この地名辞典は、1998年に The Columbia Gazetteer of the World として全面的に改稿されて、新たに刊行された。収録される情報量の拡大に伴い、それまで二巻本だった Gazetteer は、三巻本に再編成された。
[2001.03.26.]
 この書評を発表した直後、1995年3月に、籠瀬良明『北方四島・千島・樺太』が刊行された。当時すでに八十代半ばだった先生が、この本を準備されていることは、書評の執筆当時は全く知らなかった。
[2001.03.26.]



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